勘違いの日本人
環境という言葉の持つ意味は、受け止める人によって全く異なる。地球環境、自然環境、地域環境、社会環境、住環境、教育環境、福祉環境、家族環境等々。
どれが一番大切と言うことではなく、全てが繋がりを持ち、モザイクのごとき関連性を持っている。従って環境を知ると云うことは、とてつもなく広く奥が深い。
使う用語の間違えが多いことは、これから環境を考える上で正していかなければならない。
例えば、ロハスLOHAS(Lifestyles Of Health And Sustainability))は、健康と持続可能性のライフスタイルという意味であり、健康や環境に意識の高い人のライフスタイルを指している。
スローライフやエコの後に広まった言葉であるが、日本では必然的に売らんがためのマーケティングで都市生活者のライフスタイルを指す流行語になってしまった。
エコロジーは本来、生態系を取り巻く物理的環境を生物主体として取り扱う学問を指すのが広義の意味であり、本来は生物学の一分野としての生態学を指している。
建設業界では、エコリフォーム、エコ系建材など訳の分からない意味不明の言葉が横行している。
生態系用語も、専門家さえも間違って用いている場合がある、「イヌワシは生態系の頂点にいる」という使い方をしている例を耳にすることがあるが、これは食物連鎖(食物網)の頂点にイヌワシがいるのであって、生態系はシステムなので頂点というものは存在しない。
ビオトープは、「生物群集と環境の相互作用によって形成される最小の地理的単位。」というのが主な定義だ。それは旧西ドイツバイエルン州の農業政策から起こった自然と人間回復の政策であった。
ビオトープマッピングを作成し、どんなビオトープが必要かを市民・行政・専門家間で議論し、決定し、実行する。
その間のやりとりは全てマスコミに公表する。このようなプロセスを通じて、農業と人の回復を原点とした政策を実行したのがビオトープである。
一方日本のビオトープは、水辺の再現という場合にのみ使われている。しかもその再現方法さえも本来の意味から遠くかけ離れてしまっている。
日本では自然環境や特性を理解しようとせずに、うわべの技術的手法だけを取り入れてしまった結果、学校にビオトープを作ろうとか、ホタルを呼び戻そうとかしているわけだ。
近年日本で盛んに行われている里山保全などは、本来の意味でのビオトープが行われるべきものである。
また今起きている現象である地球温暖化、オゾン層破壊、ヒートアイランド現象。これらの問題を混同している場合は、その認識を改める必要があろう。
環境問題を解決できるのは科学的検証とそれに基づく解決方法の実行のみで、感情では環境問題は解決しないと言うことだ。