3月末に家族4人でカンボジアのアンコール遺跡群を見て、帰路の途中でベトナムのホーチミンによってきた。

今回の旅行ではカメラを何にするかでかなり迷ったが、フジの新しいミラーレス機のX-Pro1に殆ど28ミリを付けっぱなしと、キャノンの新しいコンデジパワーショットG1Xをサブにした。

G1Xの写真のウチ半分は息子が撮ったものです。両機とも一眼レフデジタル凌駕すると言っても過言ではない。解像度のある良い写真が撮れたと思う。

残念だがブログに掲載する都合上、かなり小さくしているので、はたしてどうか?

詳細は私の知識よりも遙かにウィキペディアの方が詳しいので下記に引用しておく。
アンコール遺跡(アンコールいせき、Angkor)は、カンボジアの北西部、トンレサップ湖北岸のシェムリアップの北側にあったクメール王朝時代の遺跡群である。
ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。
アンコール遺跡群は現在のカンボジア王国の淵源となったクメール王朝の首都の跡である。
この地には、9世紀頃から数々の王建設が開始された。
この遺跡に特に大きく関わったとされるのは、スーリヤヴァルマン2世(1113-45年)とジャヤーヴァルマン7世(1181-1201年)と言われる。
スーリヤヴァルマン2世は特にアンコール・ワットの建設を行い、その死後30年ほど後に王に就いたとされるジャヤーヴァルマン7世はアンコール・トムの大部分を築いたとされる。
しかし、ジャヤーヴァルマン7世が崩御した後のアンコールはアユタヤ朝の進入を度々受けその存在を侵され始め、その後ポニャー・ヤット王にはついにアンコールを放棄するに至った。

(ウィキペディア)

アンコール・トム (Angkor Thom) は、
アンコール遺跡の1つでアンコール・ワット寺院の北に位置する城砦都市遺跡。
12世紀後半、ジャヤーヴァルマン7世により建設されたといわれている。
周囲の遺跡とともに世界遺産に登録されている。
アンコールは、サンスクリット語のナガラ(都市)からでた言葉。
またトムは、クメール語で「大きい」という意味。

アンコール・トムは一辺3kmの堀と、ラテライトで作られた8mの高さの城壁で囲まれている。
外部とは南大門、北大門、西大門、死者の門、勝利の門の5つの城門でつながっている。
各城門は塔になっていて、東西南北の四面に観世音菩薩の彫刻が施されている。
また門から堀を結ぶ橋の欄干には乳海攪拌を模したナーガになっている。
またこのナーガを引っ張るアスラ(阿修羅)と神々の像がある。
アンコール・トムの中央に、バイヨン (Bayon) がある。
その周囲にも象のテラスやライ王のテラス、プレア・ピトゥなどの遺跡も残っている。
(ウィキペディア)